シチュエーション・ラヴ

桜井 Michelle 亜美

 「カット!」

 突然、ニシが撮影現場で聞き慣れた大声で叫ぶ。

 全身フリーズした。

 「今日、『シチュエーション・ラヴ』の主演、胡月シャナと川波澪がクランクアップしました。お疲れ!」

 えっ、どういうこと?

 それから信じられないことが起こった。

 ニシの言葉を待っていたかのように、zoom画面にユラとタクミが復活して、全員が拍手しはじめたのだ。ユラが抱えていた小さな薔薇とかすみ草の花束をあたしに差し出して微笑む。

 「胡月、クランプアップおめでとう。最高に泣けた」

 タクミとニシもzoomを去ったときの暗さはどこにもない、明るい笑顔で言う。

 「澪、主役じゃん。『月虹』の名演技再び、か。悔しいけど今回は譲る」

 「まさか胡月がここまでやるなんて。文句なしの初ヒロインだった」

 「意味が分からない。このオーディションが本番だったってこと?」

 困惑してニシの顔を見つめると、彼はいつもの飄々とした顔でうなづいてみせる。

 「最初からこの地獄ゲームを映画として撮ってた。2人の怒涛の告白、良かったよ。おかげで最高にエモいエンディングになった」

 その言葉で頭に血がのぼる。

 つまり完全にハメられたということか。

 「ユラもタクミも・・・今までのは全部ウソ?信じられない・・・許せないよ」

 怒りのあまりうわずった声でニシを責めると、アヤメが首を横にふる。

 「違う、嘘は1つもない。皆死ぬほど真剣に好きな人に告った」

 「ニシがラブストーリーを撮るって決めた時、うちらのリアルな恋愛を撮ったら面白いってタクミが提案して」

 ユラの言葉をニシが引きとる。

 「本音を追求すれば、必ず胡月と澪がくっつくと思ってた。映研時代から2人ともお互い好きなのに言い出せなかったから。めっちゃイライラしたけどビンゴ!」

 「でもアヤメが澪の部屋に・・あれは本気?」

 アヤメが真顔でうなづく。

 「うん。あたしは澪が気になってたし、タクミもゲイだって皆に言い出せなくて悩んでたし・・でもうちら役者じゃん。過去もトラウマもみんな芸のこやしだから、真剣に好きな気持ちをぶつけて全部、映画にしちゃえって」

 信じられない。

 みんな、なんて強くて逞しくて前向きなんだろう。

 怒りが驚きに変わり、それから不思議な感動になる。

 同じ世界線で生きてるのに、みんなの頭の中にあったのはこの映画を面白く感動的にすることだけだった。自分のネガティブさや失恋でさえ映画のリアルに変えていく、ユラやアヤメやタクミが眩しく輝いて見える。

 敵わない。

 みんなの映画へのピュアな恋には到底敵わない。 

 「からの、撮った動画を編集して、澪がやる映画祭に出品する。いいよね?」

 あたしは黙って澪の顔を見る。

 あたしの黒歴史が映画になる。演技なんて一ミリもしてない、素のあたしが主役になる。そんなのあり得るのか?

 「主人公として、あたしは・・・最低だよね」

 「言ったじゃん。演じるな。役を生きろって。胡月も澪もおたがいへの気持ちを真っすぐに出し切ったから、最高のラブストーリーになった。どんな映画祭でも主演賞候補としてがっつり推せる」

 ニシがあたしをほめてる。

 一生そんな日はこないと諦めていたのに。

 生まれて初めての主役は自分の人生のストーリーだった。

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