桜井 Michelle 亜美
2020年4月26日
今夜のzoomはひどく静かに始まった。底に流れる緊迫感が、みんなを無口にさせているのかもしれない。
ユラとタクミが抜けて画面に並ぶウィンドウは5つ。もう最初の居酒屋飲みの気軽さはどこにもなかった。誰が最後に残るのか。それともみんな消えてしまうのか?
「紫遙は誰と組みたい?」
ニシがそう聞いた時、紫遙の強い光を放つ大きな眼に導火線に火がついた。
「ホスト時代、客との同時進行がバレてふられたけど、ほんとは今も胡月が好きだ。できるならやり直したい」
その言葉が本気なのかオーディション用のパフォーマンスかは分からない。紫遙はいつでも、どう言えば相手を動かせるかあざとく裏を読むから。あの頃も紫遙の言葉が信じられなくて、いつもケンカばかりしていたっけ。
「ありがとう。でももう決めた。あたしは澪と一緒に住む」
紫遙が唇の左端だけをきゅっと持ち上げて、悪魔的に微笑む。
「澪はまだ、胡月のダークサイドを知らない」
あたしは言葉を呑み込んだ。紫遙は何を暴露するつもりなんだろう?これ以上、過去のプライバシーを晒されるのは耐えられない。
「1年の頃、胡月はすごく不安定で、リスカやってたしネット繋がりの妻子持ちともヤバい会い方してて。映研では腕の傷隠して明るく振る舞ってたけど、俺は淋しくてダークになった胡月を知って好きになった。シンクロするから。胡月の傷を知らない澪に、彼女を受け止めるなんてできない」
画面の紫遙と目があうと、髪を金色に染めて眉を細くした18歳の自分が蘇る。決して笑わない空虚な人形みたいな表情と、左手のサポーターに隠したリスカ痕。
あの頃、あたしは酸欠で泳げない金魚だった。
でもその時の自分を紫遙にダークサイドと言われたのは許せない。あたしは必死に生きてた自分を、人生の汚点だなんて思ってなかったから。
「1年の頃の胡月、親しくはなかったけどちゃんと覚えてるよ。リスカ痕も気がついてたけど、2年の夏にはそれが消えててよかったって思った。だれだって不安定な時期があるし、それを否定したら今なんかない」
澪は紫遙の挑発を静かに、さりげなく流してくれた。その眼に浮かんだ穏やかな光を見て、あたしは安堵する。よかった。澪は尖って自分とうまく付き合えなかった頃のことも、肯定してくれた。
あたしは澪にもっと自分を知ってほしくて、こう付け加える。
「あの頃、溜まった毒はリスカでしか吐けなかったし、男の子の言葉も信じられなくて。でも生まれて初めて仲間ができた映研だけは、どうしても辞めたくなかった。愛想笑いとか、空気読むとか、そんなの関係ない世界で、バカみたいに本気でぶつかる映研の皆に憧れてた・・それに澪がちゃんと呼吸できる1人分の居場所をくれたから、リスカもやめられた。ファンデで隠してた傷は消えたけど、過去の自分だって大切なんだよ。ダークな自分だって愛しいよ」
「澪は胡月の過去を許せる?」
追求する紫遙に、澪はいつもの半月に目を細める笑顔で答える。
「許すとかじゃない。好きな人の過去は今を作ってる大切な成分だから、18歳の胡月が何を考えてたかもちゃんと知りたい」
初めて澪に好きな人、と言われた。心の水鏡に金色の漣が走って空まで染めていく。
「自分の気持ちは俺じゃなくて本人に言えよ」
紫遙のぶっきらぼうな言葉に、誰もが澪の顔をじっと見つめる。
長い沈黙が流れる。
その10秒は永遠だった。
澪は深い湖の底から何か大切なものを拾い上げたように、自分の内側を見つめながら言う。
「映研の頃から胡月にたくさん忘れられない言葉をもらって支えられたし、今もぼくの大切な成分は胡月の言葉からできてる・・・ずっと好きだった」
呼吸ができない。眼の奥が熱くなって世界が青くかすむ。
「人生を左右する気持ちだから、言うまで10年もかかった。紫遙やニシや、みんなのおかげで言えてよかった。ありがとう」