シチュエーション・ラヴ

桜井 Michelle 亜美

2020年4月22日

 好きは桜色。

 アイシテルは煌めく真紅。

 そして嫉妬は暗いバーガンディ。

 心で3つの色が混じって

 もっと鮮やかなマゼンダになる。

 胸に詩がプリントされたパープルのTシャツを着て、zoomの前に座る。

 今日は、昨日のアクシデントの真相を聞くのが怖くてシアター桜ヶ丘にいってない。この詩は今のあたしの気持ちそのものだから、澪に読んでほしい、と思った。

 「地獄ゲームの掟を確認する。5/6までにzoom画面だけで口説いて恋愛の相方を決める。当然、裏で相手に会うのは禁止」

 ニシがそう切り出した。全員、真剣な顔でうなづく。

 アヤメは今日も欠席だ。昨日の結末がどうなったのか、まだ誰も知らない。

 「ゲーム規則の徹底のために反則の罰を作った。アヤメと澪は2人ともレッドカード。会議追放、映画出演権も剥奪するんでよろしく」

 明らかに怒った顔の澪が右手をあげて、ニシに抗議する。

 「アヤメは昨日、親とケンカして家を飛び出して、行くところがないから隣町のぼくの部屋に来た。でもあれからすぐ、気分が悪くなったアヤメをタクシーで家まで送った。それでもレッドカード?」

 「証拠は?」

 「証拠・・アヤメに聞くか、アヤメの親に聞けば・・・」

 「さっきアヤメから二日酔いで体調が悪いから欠席するとLINEがきた。昨日のことは覚えてないらしい」

 「じゃあアヤメの親に聞いてほしい。車から家に運ぶのが大変で、父親に手伝ってもらった。アヤメの家に電話してもいい」

 ニシは少し考えてから「了解。ならレッドカードは撤回」と言った。

 澪の言葉に誰よりもほっとしたのはあたしだ。そして澪を疑ったことに罪悪感も感じていた。こんなささやかなアクシデントで心が揺れてたら、同棲なんかできない。一緒に住むのは何よりも、信じてる、という心の距離が身体の距離になることだから。

 「それにもうひとつ・・」

 澪が一瞬、眼差しの端で確認するようにうなづいてみせてから、ニシの説得を続ける。

 「ぼくは胡月の部屋に来週から同居する。映画祭も手伝ってもらってるし。それでもゲーム失格にならないと認めてほしい」

 「彼と彼女としての同棲?」

 とニシが突っ込む。

 「恋愛関係なら許す。ただのルームシェアは失格」

 固唾をのんで待った一瞬の沈黙の後、澪は言った。

 「大切な相方、かな」

 相方って色んな意味があるよね、とユラが笑った。

 友だち。仲間。バディ。同居人。恋人。

 どれにだって受けとれる。

 ほんの少しだけ、ずるい、と思った。

 短い沈黙が流れ、ニシがあたしにたずねる。

 「胡月は澪をどう思ってる?」

 あたしは深呼吸する。澪の顔は見なかった。見たら心が揺らぎそうになるから。

 「恋愛してる」

 誰かが拍手した。タクミ?でもその音はすぐにかき消えてしまう。紫遙が少し低い声で問いかける。 

 「胡月は何で澪を選んだの?」

 あたしは眼を閉じて、あの日、空を眩しく染めたサルビアブルーの光を思い出す。

 記憶の宝石箱が開いて、翡翠色の稲穂の海が輝き出す。

 18歳の夏、映研初ロケの栃木。

 撮影3日目、あたしは川沿いの畦道でアシの茂みに隠れ、怪我をした水鳥のようにひっそりうずくまっていた。

 たった1つのセリフで40回以上ニシの執拗なダメ出しにあい、悔しさに涙が止まらない。どうしようもなくミジメだった。

 突然、誰かが背中を叩く。振り向くと澪がハンカチを差し出していた。

 無言のままライム色のハンカチを受けとる。午後の陽光に照らされて、ハンカチに何かが浮かび上がった。サインペンで書かれた文字。

 「気持ちが本物だから、胡月の演技、好きだよ」

 2年の秋。夕陽さす映研部室で、澪はあたしの頬に蝶のフェイクタトゥーを描いている。ペン先に集中する彼の息づかい。近すぎる。首を傾ければ2つの唇が触れそうだ。

 全身がかっと熱くなる。キスしたい。

 「上向いて」

 澪が指で下顎をくいっと持ち上げた時、澄んだ茶色の眼に吸い込まれた。澪の宇宙に。

 記憶から現実に戻った時、みんなが無言であたしの次ぎの言葉を待っていると気づく。

 思い切って正直に告白した。

 「澪がいたから辛い時も映研をやめなかったし、ずっと好きだった。でも『月虹』の演技にショックを受けて。前に進むのが怖くなった。このゲームで再会して止まってた気持ちが動き始めて、やっともっと先に行けるかなって・・」

 大切な秘密を吐き出したら、気持ちを隠していた理由が分からなくなった。誰かを好きになることは尊いことだし、それが叶わなくても恥ずかしくなんかない。

 「やっと本音を言えてよかった。隠してたことを告白したついでに、いつかバレる秘密は全部バラしたほうがいい。傷が浅くなるように」

 ユラが低く囁く。

 一瞬、頭から血がひいた。隠してたことって何?ユラが何を知ってる?あたしは自分の中で1番ダークな記憶を必死にまさぐる。

 「映研の頃、胡月も澪もこの中の別の相手と関係があったよね。それも今、言わないと傷が深くなるよ」

 頭を殴られた。確かに淋しさを埋めたいだけで繋がった過去はあるけど、澪のは聞きたくない。

 「胡月は紫遙と、澪の相手は・・言えない。まあすぐ別れたけど」。

 ユラはそう口を濁す。確かにホストのバイトで複数の相手がいた紫遙とは、お酒の勢いで淋しさを紛らわすためにつきあったけど、彼の女性関係についていけなくて2週間で終わった。

 でも澪は誰と?紫遙が爆弾を投げこむ。

 「サークルなんてそれが当たり前。誰と誰が付きあってたか俺は全部知ってる。だけどユラがそんなこと言う権利ないだろ。紫遙ともニシとも・・結局、全員と寝た」

 「大きなお世話」

 ユラは怒りに燃える大きな眼で紫遙をにらみつけたが、やがてふっと視線をそらして淋しそうに言った。

 「あたしはあの頃、10歳上の既婚者に夢中になってて。報われないから復讐してた。誰も好きじゃなかった。本気になってもらえない悔しさと毒を消したかっただけ。でもそれだけは知られたくなかった。知られたくないプライバシーを暴露するなんて卑怯だよ」

 「自分が先にしたのに」

 紫遙が皮肉っぽく言い返す。

 このままでは、2人の言い争いが激化して、どんどん気まずくなる。そう思った時、ふいにユラが、「耐えられない。あたしはもう消える」と言った。次ぎの瞬間、その顔が突然画面からぷつんと消えだ。

 「あいつは自滅した」。

 ニシがポツンと呟く

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