シチュエーション・ラヴ

桜井 Michelle 亜美

2020年4月21日

 「私事ながらご報告です。来週から澪と部屋をシェアすることになりました。自粛が明けたら遊びに来て下さい。絶対、楽しいシェア生活にします」

 人生初シェアが決まって舞い上がっているあたしは、夜、画面に集まった6人にそう告げようとしていた。

 地獄ゲームの主演を勝ち取る資格をみんなに公表するため、という名目だけど、本心はもちろん「澪はあたしのものだから手を出さないで」。SNSでよく見るこの手の交際・結婚報告は、半分はそれが目的だと思う。特にあたしのトラウマになっているアヤメに、強烈な牽制球を投げるつもりだった。

 アヤメはぱっと人目をひく美人な上に胸が大きいしスタイルも良くて、しかも表情や仕草に男好きのする匂いたつようなエロさがあった。女同士の関係はさばさばしていて付き合いやすいけど、狙った男には逃れられない肉食獣のあざといトラップを仕掛ける。獲物を狩る虎みたいに天性の勘で。だから絶対、アヤメをライバルにはしたくない。

 今夜はあたしも澪も自宅からの参加だ。そしてアヤメは珍しく、まだzoom画面にログインしていない。

 ユラが「愛がなんだ」の本当の主人公は、テルコじゃなくて仲原青だと言い出して、全員で議論になった。

 「あの映画で本当に恋愛してるのは仲原だけ。失恋の傷を写真に変えて昇華してた。テルコもマモちゃんも自分を恋の相手に投影してて、相手の真似をして満足しち ゃうし、葉子は仲原を利用する対象としか見ないし、すみれはマモちゃんよりテルコが好きだし。全員、恋のベクトルがさかさまで、そのすれ違ってる感じがめっちゃ面白くて・・・」

 ユラの言葉に、タクミがうなづく。

 「俺も好きになると相手の真似をしたくなる。考え方とか喋り方とか、何もかも真似して最後はその人になりたくなって・・。なれないのが悔しいから今度は独占しようとして。ラストのテルコ・・・まぢに自分を見てるみたいで怖くなった」

 議論が余りにも盛り上がったので、アヤメの不在を忘れかけた頃、遠くで玄関のチャイムが聞こえた。

 ふいに澪の顔がウィンドウから消える。澪の家に誰かがきたのだ。そして10秒後、信じられないことに、そこに酔っ払ったアヤメが現れた。胸の谷間を見せる薄手のキャミワンピ姿の彼女は、倒れるように澪に抱きつく。

 泥酔したアヤメは、zoomカメラの死角で澪にキスをしようとしているように見えた。

 あまりの衝撃で、目の前が真っ暗になる。

 タクミや紫遙が口々に、アヤメの乱入の理由を聞いていた。

 「なんだよ。澪、二股じゃん」
 「胡月とアヤメって、モテすぎでしょ」

 やがてぐだぐだになったアヤメが嗚咽を漏らして泣き出し、他のメンバーはみんな、言葉もなくアクシデントの行方を見つめていた。zoomはますます混乱していく。

 会話の断片からわかったのは、アヤメが親と喧嘩して家を飛び出し、家から近い澪の部屋にアポなしで転がりこんだということだ。それがどこまで本当なのか分からない。もしかしたら、これも澪を落とそうとするアヤメのトラップ演技かもしれない。

 あたしはまだ澪に好きとも言ってないし、澪からも言われてない。もしかしたら澪にとってのあたしは単なるシェアメイトに過ぎないのか?澪を信じられなければ一緒に住む意味なんかなかった。

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