シチュエーション・ラヴ

桜井 Michelle 亜美

2020年4月18日

 「お前らつきあってるだろ」。

 週末、同じzoomの窓に映ったあたしと澪に、ニシが鋭くつっこむ。

 シアターの事務所で映画祭の手伝いをしてるだけと言うと、紫遙が低い声に爆発寸前の怒りを滲ませて追求する。

 「オフで会うのは禁止のはずなのに。澪と胡月は主役に選ばれる権利を剥奪すべきだろ」

 ユラやタクミも、あたしと澪をなじる強い口調でニシに文句をぶつけた。

 「今回の地獄ゲームは自粛とリモートが前提じゃなかったっけ?」

 「ゲームの掟が曖昧だとやる気なくなる。2人は今回のゲームから追放ってことで」

 あたしと澪は顔を見合わせた。昨日の打ち合わせでは最初にあたしたちが相方だと皆に見せつけて、演技が現実かわからないまま2人の呼吸のあった関係をニシに認めさせてしまおうという作戦だった。

 でもあたしにはもっと深くてあざとい計略がある。このキャスト・オーディションを言い訳にして、澪とルームシェアをしたい。一緒に住めばコロナのことも気にしなくていいし、2人の関係はただの「共演者」から本物の恋人に進める。

 10年間、仲間からあと一歩近づけなかった澪に振り向いてもらうには、たとえ邪道な方法でも構わない。演技とリアルなんて境界はとても曖昧で、本気で演技をすればするほど、どっちが現実でどっちが演技なのか区別できなくなっていく。恋人役で共演した役者が、よく恋愛関係に陥るのはその証明だ。

 「月虹」のアヤメと澪を越える恋人の演技をすれば、あたしのトラウマも消えるし、澪とあたしの絆は誰にも壊せないほど強くなる。

 それがあたしの思い描いている、地獄ゲームの利用計画だった。

 今までのあたしに絶対的に足りなかったもの。あざとさと演技力。

 でもどうしても欲しいもののためなら、きっと変われる。澪の心に決して消えない爪痕を残してみせる。

 そのためには映研のみんなを味方につける必要があった。

 全員、怖いほどの真剣さで、この映画の主役に賭けてる。

 コロナでドラマや映画の撮影が止まってるし、演劇もイベントも中止だから、大手の事務所に所属していない役者たちは、オーディションを受ける機会すらない。ニシは今、CMや深夜ドラマで売れっ子になりつつある気鋭の若手監督だし、こんなレアなチャンスは貴重なのだ。

 あたしは全員の顔を見て呼吸を止める。次ぎの瞬間、澪への気持ちとゲームの板挟みになった葛藤が、心の仄暗い闇から滴り落ちた。

 「オーディションのルールを破ってごめん。でも澪を本気で好きになった気持ちが、ルールより強かった。たとえゲームから追放されても、会って気持ちを伝えたかったから。10年も言えなかった気持ちをぶつけたくて、これ以上待つのが辛くて・・・分かって」

 zoom画面に並んだメンバーたちは、押し黙ったままあたしの顔を見つめている。ニシの眼差しのかすかに燐光を帯びた輝きで、あたしは自分が勝ったことを知った。

 地獄ゲームが終わった夜更け、シアター桜ヶ丘の事務所には透明なブルーの靄がたちこめている。

 澪は徹夜でweb作りをしていて、あたしも帰ると言い出せない。いや、帰りたくなかった。結局、終電の時間が過ぎてしまい、始発の時間まで仕事を続けることにする。

 「奥の会議室にソファがあって仮眠できるから、眠くなったらいつでも言って」と澪が言ってくれたけど、あたしはもう少しでレビューが半分終わるから、がんばって終わらせたいと首を横に振る。本当はせっかく澪と一緒に過ごせる時間をフルに味わいたいという、初めて付き合った中学生のような気持ちだった。

 深夜3時、澪がコーヒーを入れてくれた。

 「はい、モカ。ミルク入れて砂糖抜き、だよね」

 「覚えててくれたんだ。ありがとう」

 ただの映研仲間だったあたしのコーヒーの飲み方まで覚えていてくれた。

 ほんの少しだけミルクを入れた熱いコーヒーは、目眩がするほどいい薫りだ。気持ちが奇妙なほど高ぶっていた。今夜、どうしても心の奥の計画を澪に話さなければ。

 澪のアッシュブラウンの眼を見て深呼吸する。

 前へ進もう。今、言えなければ一生言えない。

 「映研の頃から澪と一緒だと凄く楽しかった。美術を手伝った時も、やっと役者がダメな自分の居場所が見つかった気がして。この仕事も、会社の仕事が苦痛だったあたしには救いになる」

 「ならいいけど。ぼくも1人じゃ終わる気がしなかったから、胡月に助けられてる」

 「ひとつ、澪に提案したいアイデアがあるんだけど・・」

 「なに?」

 「澪の仕事は出来高制だから、この数ヶ月、生活が苦しいって言ってたよね」

 「うん。給付金で家賃やっとみたいな」

 「あたしの部屋、シェアすれば家賃が半分になるし、コロナ的な距離に気を使わなくていいし、もっと楽しいかなって。家賃は自粛明けで大丈夫だから家に来ない?」

 澪の切れ長の眼がきゅっと半月になる。

 「めっちゃありがたい提案。まぢに今、バイト見つからなくて焦ってた」

 「ごはんも一緒に食べたり好きな時にうち呑みもできるし、楽しいよ」

 澪はほんの一瞬、真顔であたしを見つめた。あたしの本当の気持ちを確かめるみたいに、その虹彩の奥でかすかに温かな光が瞬き、それから笑顔になる

 「ありがとう。そんな風に言ってもらったの初めてで・・。でも当分、収入は限りなく低め安定で、家賃は少し待ってもらわなくちゃならないかも。もちろん掃除とかゴミだしとか家事はガッツリやるよ。それでも大丈夫?」

 笑って頷く。

 好きと言わなくても、君が居場所だと言われた気がする。

 それで充分だ

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