シチュエーション・ラヴ

桜井 Michelle 亜美

2020年4月11日

 地獄ゲーム初日。agnes.bの青いワンピに着替えてzoom映えする顔色の輝度をあげるメイクをし、寝癖ヘアをハーフアップでごまかす。部屋から一歩もでなくても画面越しでも、澪に猫背のダサい眼鏡姿なんて見られたら死ぬ。

 マスカラとアイラインとファンデはいつも通りフルで。それにSUQQUのリップ。モイスチャーリッチの琵琶艶なら、病人っぽい顔色がぱっと明るくなる。最後にzoomについてるアプリで肌の明るさを調整すれば完成だ。

 21時、全員が集合して、乾杯したあとでニシが宣言する。

 「主役の条件は、選んだ相手を人生変えるほど好きになれること。ただしアプローチはこのzoomだけ。オフで会うのは禁止。もう10年のつきあいだから、会わなくてもお互いのこと分かってるだろ」

 「オフ禁止か・・・むずい」

 紫遙が困惑した眼でみんなに同意を求めたけど、ニシは表情も変えず素っ気なく肩をすくめた。

 「画面越しにでも、気持ちは伝えられる。お前ら役者じゃん。なんのために口がついてる?画面を使って気持ちを伝えろよ」

 ニシは相変わらず強引だ。そう言われると誰も言い返せない。

 しばらくお互いの恋愛事情を確かめあう空疎な会話が続き、タクミが諦め顔で言い放つ。

 「まあいっか。オレは勤め人だし、主役っていう柄じゃないし。せいぜい脇役の平凡なサラリーマンとしてリアリティショーを楽しむよ。アヤメは最近どう?恋活してる?」

 「性癖に刺さる人に出会えなくて。今、募集中」

 アヤメはロングヘアをかきあげて、少し気だるそうな顔で笑う。胸のラインにはりつくライラック色のシアーレースのタンクトップも、その少し退屈そうな眼差しもすごくセクシーだ。

  アヤメの性癖って?と紫遙が食い気味に聞く。

 「鎖骨が綺麗で絵が上手い人、かな」

 全員が澪を見た。そんなの彼しかいない。内心、あざとすぎる、と思った。共演して濃厚なラブシーンまで演じたアヤメにこんな風にいわれたら、澪だって意識するに決まってる。

 「胡月はどうなの?」

 アヤメは何かを企んでいるかのように、少しわざとらしく笑いながら無茶ぶりしてくる。あたしは無表情に思い切った言葉を吐いた。

 「恋活なんてしない。もう好きな人がいるから」

 微妙な沈黙が流れた。キャラが違うよ、とみんなの目が言ってる。

 いつも弱い部分を隠して、現場の制作進行的な役割を演じていたあたしらしくない、と。

 アヤメにこの中に相手がいる?とたずねられた瞬間、思った。これが人生の分かれ道になるかもしれない。

 ここで気持ちを隠せば、一生ほんとうのことが言えない。他人からあざといと思われても、自分の感情や欲しい者を優先させて生きてやる。

 あたしは息を止めて断崖から飛び降りた。

 「いる」

 全員がどよめく。澪の顔が見られない。

 「今さら遅すぎ、なんで大学で言わなかったわけ?」

 ユラが皮肉な口調で責める。

 あたしは返事に詰まって、無言でzoom画面の6人から顔をそむける。

 「月虹」を見てアヤメとのベッドシーンが忘れられないから、なんて言えない。あれは演技じゃなくて心を抉るドキュメンタリーだった。たとえセックスがフェイクでも、作り物じゃなかった。キスはキスで、愛撫は愛撫で、インサートはインサートだ。2人がそういう気持ちで演技していた。

 だからあたしはこう答えた。

 「個人的なトラウマがあって」

 「トラウマとか中二病っぽいよ」

 ユラの言葉に心臓を突き刺され、悔しさで頬がかたくこわばる。

 眼が大きくて小悪魔的なルックスのユラは、鋭い美的なセンスを持っていて、衣装だけでなくよくメイクも無償で手伝ってくれる。でも気分の振れ幅が大きくて、虫の居所が悪いと、気まぐれに相手の死角をキツいコトバでやりこめてくる癖があった。

 「恋愛って不平等で選ばなかった誰かを必ず傷つける。1人に溺れて他の人の気持ちが見えなくなる。大抵、傷つけてるのは自分のほう。でもそれに気がつけないと、トラウマとか傷とか自分のつらさばっかり強調する。傷つけてる自覚ないのが中二病」

 「勝手に決めつけないで」

 思わず強く言い返して空気が険悪になりかかった時、救いの言葉が飛んできた。

 「好きになり方はそれぞれ違うだろ」

 澪だった。

 「胡月が何に傷ついたかは胡月にしか分からないよ」

 澪の言葉のおかげでユラは口を閉ざし、やっとユラの攻撃から逃れられた。

 「じゃあ澪は?澪って自分のことしゃべらないよね」

 紫遙が水を向けた瞬間、澪の切れ長の眼がブルーグレー色に曇ったのを見逃さなかった

 「彼女はほしいけど仕事がぜんぶ飛んで超絶貧乏だし、会社がやってるミニシアターも経営ヤバいし何とかしないと」

 その口調のウソのなさに、少しでもいいから澪の役にたちたい、手助けをしたいと思う。彼はいつだって映画のことしか考えてないし、自分を等身大より大きく見せようなんて一ミリもしない。だから自分の中にあるなんて知りもしなかった母性を澪にだけは感じる。

 画面下のチャットという文字が眼に入った。忘れていた。zoomにはミーティング中、特定の参加者とチャットできる最高の機能があることを。

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